琉球紅型(びんがた)、琉球ガラス、琉球漆器、壺屋焼(シーサー作り体験)、首里織の「那覇市伝統工芸館」

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首里織

沿革と現状

首里花織

那覇は港をひかえ、大きな商業都市として栄えておりますが、その反面、琉球王朝の古都として知られる首里があり、いまでも雅やかな風情を町並みに残しております。14~15世紀の琉球国は、中国や東南アジアとの交易が盛んに行われました。その交流により、染織の技法を学び、幾百年と積み重ねられた人々の努力によって、沖縄の気候風土に根ざした多種多様の琉球織物の個性を生みだしました。琉球王朝につかえる絵師の描いた図案をもとに、各島々の婦女子が布を織り、これが御用布として献上されたものです。献上布のすべてが王府へ収集されたことから、士族の婦女子は高度な技法を学んだものと思われ、首里には数多くの技法が現在まで伝えられています。戦争ですべてを失った沖縄に長い間受け継がれてきた織物の伝統も、これで消滅してしまうのではないかと心配されましたが、近年、ようやく後継者も育成され、再び文化の華が咲きつつあります。昭和49年には「本場首里の織物」が県無形文化財の指定を受けたことで、首里から王朝時代の文化がよみがえり、首里の伝統的な技法も若い人々に受け継がれました。又、昭和51年7月には那覇伝統織物事業協同組合が設立され、活発な振興が図られております。

 

技術と技法Ⅰ

染色作業

経巻き

首里織

那覇の織物は大きく分けて、二つの特色があります。一つは那覇市泊の伝統をつぐ紺絣や白絣で、これは、商人や庶民に親しまれた健康的ですがすがしい藍染めの絣です。もう一つは、首里の士族階級に着用されたといわれる多色染めの気品高い織物です。現在では、各々の各個性を生かした自由な着こなしをするようになり、そのカラフルな染織は、若い人びとにも愛用されております。使用されている原材料は絹糸、木綿糸、麻糸等の繊維素材を用い、特に水だきによる手紡の真綿つむぎは、500年の伝統につちかわれた技術を受け継いだ特色のある素材です。

 

首里織

染料も、この亜熱帯地に育成している藍、福木、モモカワ、サルトリイバラ、シャリンバイ、等の天然染料が用いられ、豊な色調と、着心地の良さ、布地の丈夫 さ等、高く評価されているのも、沖縄の自然の恵みを受けて育った豊かな素材を巾広く生かし、その工程も、すべて人間の心をかよわせて作る手仕事によって、 織り上げているからです。ムルドッチリ…経、緯総がすりという意味ですが、別名「くぢりごーし」ともいわれております。

 

技術と技法Ⅱ

半巾帯絹糸濃紺と白というコントラストを強調した藍染めと、南方独特の鮮やかな色彩を用いた、黄地による色絣は、かすりの最高峰といえましょう。「手縞」…撚糸や多数の色糸を格子に用いて、絣柄を併用した美しい布です。「首里花織」…平織綜絖によって織り出される紋織の一種で、片面は経糸が浮き、片面は緯糸が浮織になっておりますが、両面、好みによって、どちらでも使用できる合理的な紋織です。

 

首里織

「首里道屯織」…花織と同様この道屯織も中国から伝えられたといわれている紋織の一種で、両面とも経浮織になっております。昔は着尺ものでしたが、現在ではその技法は帯類に多く生かされているようです。「首里花倉織」…花織と絽織、紗織などを市松模様に織る紋織で、意図は半練の絹を使用した夏着です。沖縄ではこういう薄ものの布のことをトンボの羽のような美しい布と表現されております。「首里ミンサー」…木綿ものの細帯で、南方紋織の影響を受けたと思われる。密度の高い紋織で、数あるミンサーの中でも高度な技術を要する帯です。

 

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